TO▲BIO(トビオ) vol.1

出版時間:2008.11.20  出版社:太田出版  作者:しりあがり壽,大塚英志  

內(nèi)容概要

<特集 初心者のためのまんが家入門>
「我は如何にしてアニメーターとなりし哉」 安彥良和
「初心者のための絵コンテ入門」 多田由美
「センセーだかなんだか?!埂·筏辘ⅳ陦?br />「キャラクターの動きとコマ割の空間のコト」 菅野博之
「まんがにとって『映畫的手法』とは何か」 大塚英志
「流刑地(カフカ「流刑地」より)」 谷岡曜子
「言わなきゃわかんねぇじゃねぇか」 西川聖蘭
「きみに屆けるぼくの物語」 淺野龍哉
「モンとも!」 太田義洋
「Kの昇天(梶井基次郎「Kの昇天」より)」 中島千晴
「まんがみたいな戀の話」 赤本尚美
「no title」 山路亮輔
「それから?!埂∷商镉欣蚰?br />「鳥取尻連合」 中田旭保
「terrible company」 北川翔士
「わにのなみだ」 重田恵美 イラストレーション/赤本尚美
「獏」 宍田友美
06MMクラス① 安藤龍兵 李嘉蓮 今田裕紀 岡田いおり 徐于女亭
06MMクラス② 綱島夢美 遠山裕子 野口祐?!|岡里恵 逸見有香 濱田崇史
『TOBIO』創(chuàng)刊記念読者プレゼント
創(chuàng)刊の辭
編集日記 大塚英志
■創(chuàng)刊の辭■                                   大塚英志
本誌を手にとっていただいた読者の方は、この奇妙な雑誌にいささか戸惑っておられるかもしれません。安彥良和、しりあがり壽、多田由美、菅野博之と並んだまんが家たちの顔ぶれは、ぼくはともかく、新しいまんが雑誌としてはけっこう豪華です。しかし、ページをめくってみるとこれらの面々はまんがではなく「まんがの描き方」についての記事やエッセイを描いています。一方、掲載されているまんが作品の作者には誰一人聞いたことがある人はいないはずです。
種あかしをすると、この雑誌は「先生」と「生徒」でつくられているのです。ずらり並んだ著名まんが家たちは「先生」、そして作品を描いている無名のまんが家たちは「生
徒」です。ぼくたちは神戸蕓術工科大學メディア表現(xiàn)學科まんがアニメーション専攻の「先生」と「生徒」たちなのです。
ぼくたちが神戸の山の中にある小さな大學でまんがやアニメーションを教える學科をスタートして二年半が過ぎました。普通、この種の大學や學校の「先生」としてパンフレットに載っているまんがの先生はあまり學校に実際には來ないケースも珍しくないのですが、ぼくたちは皆、ちょっとアマノジャクなので一週間の半分はちゃんと神戸で「先生」をしています。ぼくの研究室の右隣りが安彥教授、左隣りがしりあがり教授、二つ挾んで右隣りに多田準教授がいます。神戸でいつも顔をあわせます。週に一回は特別教授の安田均先生がグループSNEのスタッフとともに現(xiàn)れます。今年の夏休みは菅野特別講師と學生で徹夜の「合宿」をしました。
これらの先生たちが普通に學生と廊下で話したり學食でカレーを食べたり、何より毎日授業(yè)をやっています。それがぼくたちの大學の日々の光景です。ぼくも夜は學生たちと三宮の街で遊んでいます。學生たちはそれが「日常」なので何とも思いませんが、まんがや出版の世界から見たらちょっとありえない光景です。ちなみに多田準教授の研究室の隣りのスタジオでは映畫監(jiān)督の石井聰互教授が學生と映畫の編集に籠もっているはずです。けれど學生にとってぼくたちはただの「先生」に過ぎず、ぼくなどはその感じがけっこう気に入っています。
ぼくは若い頃、編集者として幾人かのまんが家のデビューに立ち會いました。そういう現(xiàn)場の感覚からすれば「大學でまんがの描き方を教える」のは本末転倒もいいとこだ、と思いもします。ぼくはそもそもまっ先にそういう悪態(tài)をつく人間です。しかしぼくはアマノジャクですから、では本當に大學でまんが家を育てられないのか、あるいはどうやったら大學でまんが家を育てられるのかと考えもしました。そしてやはり少しだけ歳をとったのかもしれません。次の世代をちゃんと育ててみたいとけっこう本気で思うようになりました。
本誌に作品を掲載したのは一人を除き三年生、つまりぼくたちの學科の一期生の學生です。これで全員、というわけではなく、雑誌の新人賞をとったり擔當さんのついた學生は外してあります。雑誌に載せるより今回の原稿は投稿しなさい、と指導した學生の作品も殘念だけど見送りました。
それでも二年半、ぼくたち教員が手塩にかけて育てた最初の生徒たちの「今」の姿がここにあります。學生だけで雑誌をつくるなんて何を考えているのだ、まんがをナメるなと思われるかもしれませんが、若い時、ぼくが小さな出版社で小さな雑誌をつくっていた時、こちら側(cè)の世界に「おいで」と引っ張り込んで今は誰もが知っているようになったまんが家たちの當時のレベルには少なくともこの子らは達している、とぼくは思っています。あるいはそれは「先生」としてのいささかの欲目かもしれません。
ただ、二〇歳そこそこの彼ら彼女らの大半はペンさえ持ったことのない狀態(tài)で入學してきたのです。この二年半の成長を傍らで見てきたぼくたちはこの先、彼ら彼女らがどんなふうに成長していくかはっきりと見える気がします。そのまばゆいばかりの彼らの未來が気がつけば「うらやましい」と思う年齢になっている自分に驚きもします。
この『TOBIO』創(chuàng)刊號の目次に並んだ作家名は二〇〇八年秋の時點ではぼくたち「先生」の方が世の中に知られています。でも一〇年経ったら「生徒」たちが現(xiàn)役のトップにいてぼくたちを追い抜いてくれているはずです。その點はぼくたちはけっこう本気で信じています。
さて、この『TOBIO』用の原稿を最後に生徒たちの巣立ちが始まります。新人賞をとったもの、擔當がついたもの、デビューが確定したものがもう數(shù)名います。殘る生徒
たちもそれぞれ投稿や持ち込みを始めつつあります。三年生の秋はふつうの大學だったらリクルートスーツを著て會社訪問を始める時期です。ぼくたちの生徒たちはまんがの原稿をたずさえて、神戸から東京行きの新幹線に乗ります。ぼくたちは生徒たちに出版社で擔當さんがついたらもう何もアドバイスしないよ、と言ってあります。そうやって巣立った生徒も出てきています。
それは編集者としてまんが家を育てていた時とは全く違う感覚です。正直にいえば、この過酷な世界へと旅立っていく彼ら彼女らを案じる気持ちの方が強かったりもします。
『TOBIO』という誌名はいうまでもなく手塚治蟲先生の『鉄腕アトム』からの借用です。ロボット少年トビオを造ったのは天馬博士ですが博士はトビオを放り出してしまいます。トビオがアトムになるにはお茶の水博士の存在やトビオ自身が自ら運命を生きていったからです。
だからあとは彼ら彼女らが自力で自分の人生を切り開いていくしかありません。
そして、天馬博士が「地上最大のロボットの巻」でアトムの前に立ちはだかったように、いつかぼくたちの競爭相手としてまんがの世界で彼ら彼女らと真剣に競う日が來るまで「現(xiàn)役」で走りつづけようと密かに決意もします。それは多分、先生たち共通の思いのはずです。
ぼくたちの最初の「子供たち」を宜しくお願いします。

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